吃音者はいつどのように吃音者になるのか。吃音者の努力と心理状態。

生活



 

今回は「吃音者はいつどのように吃音者になるのか」
という疑問について考えていきます。

 

子供が吃音を気にしていく過程

子供の頃に何らかの理由で言葉に詰まるようになるのですが、
親や友達、先生などから言葉につまっていることについて指摘されます。

そのような経験をすると、
どんどん自分がうまく言葉がでていないことを自覚をしていきます。

この自覚は吃音によって嫌な思いをすることで、
小学生の中学年あたりからだんだん強くなっていきます。

 

「小学校の時からどもって良かったことなど何もない。
どもると、笑われたり、びっくりした顔をされたり、
怒られたり、聞き手の嫌な反応をされたりする。」

 

そんな思いを感じ続ける中で、自然と吃音は悪いこと、
恥ずかしいことと思い、どうにかしてどもらない状況
を作り出したいとおもうようになります。

 

様々な話す場面を経験して、吃音のある子供は
言いにくい言葉を話す前に直感的にわかるようになるのです。

これを「予測不安」と言います。

予測不安とは、「どもるかな、どもらないかな。どもりたくない」と思うことです。

不安が的中する、つまりどもってしまうと、
やっぱり不安通りの悪い結果になったと気分が落ち込み、
「なんて自分はダメなんだろう」と劣等感を感じます。

このどもりたくないという気持ちのために、
吃音のある子供はあらゆる吃音を隠す努力をし始めます。

 

具体的な吃音の隠し方

挿入(あのー、えっとを使う)

吃音のほとんどは最初の1音目で生じるので、
「あのー」や「えっと」を使うことで
自分の中で次の音が出るタイミングをはかることができます。

 

助走(言いやすい前置きをつける)

言いたい言葉の前に自然に
言いやすい言葉を前置きとしてつけることです。

吃音が出る言葉がわかるので、
その前に音を入れることで吃音を隠すやり方になります。

自然な感じなので、聞き手も違和感がないのですが、
吃音を隠すための隠れた努力になります。

 

置き換え(言葉の順序を入れ替える)

言葉の語順を置き換えることで吃音を隠すことです。

言いやすい言葉を先に声に出してしまえば、
言いにくい言葉の前に音を入れることができる。

例えば、主語がどもりそうなら先に目的語から話すのようなテクニックです。

 

言い換え(どもらない言葉を選ぶ)

最終的に言いにくい言葉を言わないといけない場面になった時、
同じ意味をもつ言いやすい言葉に言い換えることです。

「明日」と言いたいけれども、「あ」が出てこない時、
20日」とか「水曜日」とかに言い換えます。

付随効果として、「水曜日」といった後、急に「あ」が
言えるようにもなったりするので、
「水曜日、明日さ~」なんて言うこともできる効果もあります。

同じ意味の単語になるので、
言い換えることで「同格」の意味を持つ言葉を
並べて文法的には問題なくなります。

特に違和感のない程度に言い換えを行うので、
回りからは特にわかることではないのですが、
吃音者の隠れた努力になります。

 

随伴行動(膝を叩く、腕を振るなど)

直接、発話とは関係ないけれども、
どもりそうな時に一緒に生じる症状を
随伴症状と言います。

一音目が出てこない時、
膝をたたいてみたり、筆を振ったり、
歩き回ったりして一音目をだす努力をします。

 

中止(どもることで全てを言わない)

「一緒に遊ぼう」と言おうとして、
「い、い」といって言えずに諦めてしまいます。

 

回避(しゃべる場面から逃げる)

必死に隠しても絶対に話せない状況になることはあります。
そのため、そう言う状況はそもそも居合わせないようにします。

そうすることでそもそも話さないのだから、どもらない、と言う形をとります。

 

吃音者が吃音者となるタイミングは隠す行動をした時

これらの回避行動は僕自身いままでやってきたことです。

僕が自分の吃音を外部の人間に理解できなくなるくらい、
上手に隠せるようになったのが小学校5年生の頃でした。

小学校の五年生の時、クラス委員をやった時にその集会で、
「吃音、だんだんよくなってきたな。」と友達言われた記憶があります。

しかし、今思い返すとその時に僕は吃音者になりました。

 

回避行動を行うと確かに吃音は隠せるのですが、
これは全てのコミュニケーションの中心に
「吃音」があると言うことを前提としています。

常に吃音を意識して、挿入、助走、置き換え、言い換え、随伴行動を起こすということは、
話す時に自分が「吃音」であると言うことをしっかり意識してしまっています。

そして吃音があることを意識するから、中止や回避を起こします。
この辺りが、吃音者が内向的になったりする原因になるのでしょう。

吃音があることを自覚することによって、言いたいことを言わず(言えず)、
入りたいコミュニティーにも入れなくなってしまうのです。

そのようにして自分の人生が吃音に支配されてしまいます。